客観性

前回のクラスで、自分を「客観的にみる」ことについて、短くお話しました

 

アーサナの時間、身体のどの部分が動いているのか、動きにくいのか、痛みがあったり、心地よさを感じたりします

 

それは、身体を客観的にみているということ

 

 

また、意識的に呼吸をすることで、呼吸をしていることにも気づきます

 

自分を客観視することは、身体=私ではなく、そこにすき間ができます

身体をみている私がある

呼吸に気づいている私がある

 

 

日常にもその客観性があると

例えば、怒りの感情が現れたときに、その感情にすぐさま飲み込まれることなく、少し距離をとることができるようになります

 

感情=私、にはならない

 

そのすき間は、怒りが沸き起こっても一呼吸おける「ゆとり」であったり、言い返す言葉を選ぶ「ゆとり」を生み出します

 

もう少し進むと

この怒りはなぜ私の中に沸き起こったのか?

怒りの原因は何だろう?

 

それは、あるキーワードに反応してしまう小さい頃の体験や記憶からくるものであることがわかる

 

自分のクセを知ることができる

あ、またこの言葉に反応してしまった!とか、相手のこの態度に反応してしまった!ということに気づく

どんな時に怒りの感情が出てくるのか、それも客観的に捉えることができるようになる

 

 

そんな自分をわかってあげられたら、もっと自分がいとおしくなって、優しくできると私は思う

 

感情を押さえ込んで、ただ両面だけの優しい人になるのではなくて、いろんな感情が出てくるのが日常

 

怒り、悲しみ、嫉妬…いろんな感情が沸き上がった時、それを「よしよししてあげる」と私の先生は教えてくれた

 

 

 

今日もまた1日が始まる

 

感情、役割

ウェルカムで☆

 


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